ホントは真面目なキャバ嬢処刑人です。
前回の記事は好評だったのか不評だったのかわかりませんが、長々とコメントを頂き非常にありがたいと思っています。そこで今回はキャバ嬢処刑人としての考えをちょっと書かせてもらいます。※処刑する記事をお待ちの方はすいません・・・。次回は鬼畜の姿を披露しますので今回はごめんなさい。
キャバ嬢に限らず女を処刑することは、善か悪か?もちろん悪です。
しかし悪という概念はそもそも人間が勝手に決め付けた指標だと思うんですね。多くの人が「これは悪いことだ」と言えば、それは悪になるわけです。ただこの悪だと言われていることが世間に浸透し、肯定する人が過半数を超えてきたら、それは善になるわけです。
例えて言うなら、キャバ嬢という職業。昔は悪でした。キャバ嬢なんてバカがやる仕事で、まともな職業に就けない女どもがやる仕事だという目で見られてました。しかし今は善にはなっていなくても、少しずつ認知されてきてますよね。この先キャバ嬢という職業はステータスとして肯定される時代がくるかもしれません。そうなったらキャバ嬢は善になるのです。
だから僕がやっていることは悪ですが、それはそれで自分の欲求を満たせているので自分のなかでは善なのです。
人が生きていくなかで自分の欲求を満たそうとする行為は自然です。しかもそれを満たそうとすれば必ず誰かが傷ついているのです。「好きな人と結ばれた!幸せだ!」と感じている人がいたら、「アイツに盗られた・・・。」と悲しんでいる人がいます。
例え誰かを傷つけようと自分の欲求を通すのが人間だし、それが当たり前だと思います。自分の欲求は通すべきです。
本心を言えばヤった女なんてどうでもいい。オレが気持ち良かったらそれでいい。ただそれだけです。
前回の記事で金で女とヤる男はクソだといいましたが、それはオレの物差しで測っただけです。それでその人が満足していればそれはそれで問題ないし、結構だと思います。オレは金ではなく自分の魅力で女とヤることが欲求であり願望なだけです。
これからも自分にだけは正直でありたいです。
話は変わりますが、男としての考えを書かせてもらいます。オスは多くの子孫を残したい、メスは優秀な子孫を残したいという本能が必ずあります。だから男は好きでもない女とHできるし、多くの女とHしたいのです。
しかし人間である以上、理性と感情が備わっているので行動に移すか移さないかはその人次第です。オレも人間なので、好きでもない女とHするよりも心から愛している人とのHの方が最高に幸せを感じます。ただこれからも好きでもない女とヤリますが・・・。
特に意味はありませんが、オレが好きな言葉を書きます。
・男は惹かれた女を愛していく。女は愛した男に惹かれていく。
・男は女の過去を見て、女は男の未来を見る。
・男の「またね」と、女の「今度ね」は信用ならない。
これを聞いたときは「なるほどな」と思いました。
以上がオレの考えです。
これからも処刑ストーリーをバンバン書いていきますが、たまにはこんな暗〜い記事も書きますんでこれからもよろしく☆
キャバ嬢処刑人が明かす「キャバクラでモテる“真”常識」
女だって処刑されるのゎかっててついて行くンゃし